調査季報178号 特集:ダブルケアとオープンイノベーション 横浜市政策局政策課 平成28年3月発行 《3》ダブルケアとは何か <執筆者> 相馬 直子 横浜国立大学 准教授 山下 順子 ブリストル大学 上級講師 1 ダブルケアのリアリティ  晩婚化と出産年齢の高齢化によって、親の介護と乳幼児の子育てに同時に直面する「ダブルケア」の人が増えている。まず、横浜での聞き取り調査から事例を紹介したい。 義理の父母と同居している40代前半のAさんは、就業しながら3人の息子(7歳、3歳、2歳)を育て、認知症の義理父を介護している。夫は早朝から深夜まで自営の仕事で不在がち。空き不足から下の二人の子供は別々の保育園へ通う。朝、夕と2つの保育園を回り帰宅したら、義理父の介護をする。勤め先の理解があり何とかなっているが、毎日が綱渡りで先行きが不安という。 脳性まひで全介助が必要な末子を含む3 人の子供( 8歳、6歳、4歳)を育てながら、デイケアセンターで働く30代後半のBさんは、認知症の母親を介護している。父親が介護していたが母親の介護拒否があり、娘のBさんが同居して主に介護することになった。しかし、就業と育児をしながら在宅介護を継続するのは難しく、特別養護老人ホームへの入居を申請した。申請時に自分の子供の障害の話も詳しくしたが、夫と娘が同居しているのでは要介護5でも入所は難しいといわれたという。 Cさんの場合は、毎日長男を小学校に送り出したあと、2歳の次男をつれて徒歩10分の実家へ行く。母親が仕事で不在の間、脳梗塞の後遺症で半身まひと軽い認知症がある父親の日常の手助けをする。そのため、動き回りたい次男を抱えながら、父親の歩行を介助したりといつも両手がふさがっているような状態だという。音に敏感になった父親が不穏にならないように、次男を静かにさせなくてはならないこともある。尊敬する父親の生活をもっと支えたいが、一時保育などのサービスを利用するのは難しい。友人・知人で介護をしている人はいなく、「重い」話を話題にはしたくない。どこに相談したらいいかわからず、すべてを一人で抱えてきた。 2 ダブルケアとは?狭義と広義  ダブルケアの定義には狭義と広義のものがある。狭義のダブルケアは、育児と介護の同時進行を意味する。育児は乳幼児期から思春期以上を含む幅広い「子育て」を研究対象にしている。問題は「介護」の定義である。市民生活における「介護」責任の果たし方は多様化している。「日常生活における入浴・着替え・トイレ・移動・食事の手助け」(就業構造基本調査の介護定義)という身体的ケア責任だけが、国民生活の「介護」ではもはやない。介護保険制度が生み出した「介護サービスのマネジメント」責任を、多くの娘・息子が担っている実態がある。また、中距離・遠距離に住む息子や娘は、日常生活のケア責任が果たせないかもしれないが、経済的な面からケア責任を果たしたり、電話での安否確認やコミュニケーション、愚痴を聞くなどの精神的支えというケア責任を担っている現状もある。よって本研究では、4節で後述するように、介護の意味を幅広くとらえ、市民のダブルケア責任のあり方や負担構造の解明に着手した。私たちが2012年度から取り組んでいる東アジア比較調査研究において、その実態や構造を問題化するために概念化し、分析に使いはじめた。私たちが関心をよせるのは、世代間のケア関係(介護、育児をする、受け取る関係)とその関係を取り巻く政策環境である。私たちの研究プロジェクトでは団塊ジュニア世代(昭和40年代後半生まれ)を中心的な対象として調査研究を行ってきた。 一方、広義のダブルケアは、家族や親族等、親密な関係における複数のケア関係、またそれに関連した複合的課題と捉えることができる。調査の過程で、狭義のダブルケアでは把握できない多くの実態が明らかになった。たとえば、夫や自分のケア、障がいを持つ兄妹や成人した子供のケアと親のケア、多文化家庭におけるケア関係や、トリプルケアのケースもある。 3 ダブルケアは東アジアの共通の社会的リスク ダブルケア研究プロジェクトは、2 0 1 2 年度から日本、香港、台湾、韓国で実態調査を継続している。このプロジェクトは、日本学術振興会の科学研究費 (注1)と横浜国立大学経済学部アジア経済社会研究センターの研究支援を受けている。横浜市における調査研究にあたっては、NPO法人シャーロックホームズ、NPO法人横浜コミュニティデザイン・ラボ、横浜市政策局、こども青少年局子育て支援課、市内の各地域子育て支援拠点、子育て支援NP O 団体、在宅介護支援団体、地域ケアプラザ、社会福祉協議会などのご協力、またNPO法人マミーズサミット全国ネットのご協力をいただきながら、進めてきた。調査メンバーは、相馬、山下および陳国康(Raymond K.H.CHAN, 香港市立大学教授、香港)、宋多永(DayoungSONG, 仁川大学校教授、韓国) と王永慈(Kate Yeong-Tsyr WANG、 国立台湾師範大学教授、台湾)の5名である。超少子化が進展する東アジアでは、ダブルケアは共通の社会的リスクとしてとらえることができる。なお、ダブルケア支援開発の動きは、3章の座談会「横浜はダブルケアにどう立ち向かうのか」を参照されたい。 ダブルケアにおけるケアリング関係には、昭和一桁世代、団塊世代、団塊ジュニア世代、そして団塊ジュニア世代の子供たちと、現在4世代が関わっている。高齢化と女性の晩婚化や晩産化に加え、親世代の生活習慣病の増加や若年認知症で「ダブルケア人口」の増大が予測される。ダブルケアは突然現れた新しい現象ではなく、介護と育児の同時進行は昭和一桁世代や団塊世代も、女性を主な担い手として行われてきた。しかし、現在団塊ジュニア世代が行っているダブルケアを取り巻く状況は、以前とは違う点もある。第1に、兄妹数の減少や地域によっては近所づきあいの減少など、ダブルケアラー(ダブルケアに従事する人々)を支える家族、親族および私的なネットワークが変容している。第2に、政策および制度の変容がある。2000年前後に相次いで介護支援・育児支援が制度化されたため、それ以後では公的な支援サービスを利用しながら、介護・育児をすることが一般的となった。第3に、非正規労働者の増加などの雇用環境の変化があげられる。このように団塊ジュニア世代に焦点を当てると、団塊世代が75歳以上の後期高齢者になる、いわゆる「2025年問題」はダブルケア問題ともいえる。 4 ダブルケア実態調査の実施と調査方法  調査は主にアンケート調査(定量調査)とインタビュー調査が行われた。アンケート調査は、以下のように5段階行われた(注2) 。第1ステージ:横浜市の協力を得て、横浜市内の子育て支援センター3箇所における質問紙票調査( 5 5 9 サンプル、2012年9月に実施)第2ステージ:横浜、静岡、京都、香川、福岡で子育てメールマガジン登録者対象に携帯調査(933サンプル、2012年12月から2013年1月実施)。第3ステージ:横浜、京都の一時保育、学童保育、子育て支援センターでの質問紙票調査(402サンプル、2013年11月から2014年2月実施)第4ステージ:「ダブルケアプロジェクト」ホームページを介してのウェブ調査(375サンプル、2015年5月~7月および2015年9月実施)第5ステージ:ソニー生命連携調査。全国の大学生以下の子供を持つ母親に対し、インターネット調査で実施(1000サンプル、2015年8月実施) インタビュー調査は、対面、電話およびメールで、49ケース行った 。インタビュー調査の質問内容は主に、介護に携わるまでの経緯、介護の内容、介護および子育て支援サービスの利用状況、親子関係および夫婦関係、ダブルケアで困難なこと及び良かったこと、子育てと介護の優先順位、不足していると思われるサービスに関してである。また本調査では、介護保険法下で提供される介護サービスの枠組みを超えた、広義の意味の介護を被調査者に紹介した。すなわち、介護には愚痴を聞くなどの精神的支え、定期的な電話による安否確認、医師やケアマネージャーとの連携などの介護サービスマネージメントも介護として検討してもらった。5 5 ダブルケア実態調査結果のポイント  では、以上のような私たちの調査から明らかになったことを紹介しよう。  (1) ダブルケア経験率と認知度 まず、主に横浜を対象としている第1から第3ステージまでの調査結果を検討する。 6歳未満の末子のいる女性1894人の回答によると、ダブルケアに「直面中」または「過去に経験」が各約1割、「数年先に直面」するが約2割で、合計約4割がダブルケア人口であることが明らかになった。このアンケート調査は、研究者が協力を得た各機関を通しての合目的調査であったため、ダブルケアに関心のある人の割合が高いことが推測できるが、それでも少なくない世帯がダブルケアを抱えていることが見えてくる。現在ダブルケアに直面している人の平均年齢は41・1歳、第1子の平均年齢が7・7歳である。またダブルケアに「直面中」の約4割が仕事に従事しており、ダブルケア+ 仕事という、より厳しいワークライフバランスに挑んでいる。ダブルケアラーは複合的な負担も抱えている。例えば、「精神的・体力的にしんどい」「親・義親・子どもの世話を十分にできない」と約4~6割が指摘。また「兄弟や親戚間での認識のずれ」「経済的負担」「子どもの預け先不足」「遠距離介護」も約3割が負担と答えた。一方、「介護だけではつらいが子どもの存在に救われる」との声もあった。 第五ステージの調査においても、「育児と介護の同時進行」という狭義の意味での「ダブルケア」調査を行った。この第五ステージは、無作為抽出法に基づき、1000サンプルを対象にした調査を行ったため、統計的には得られた結果をより一般化することができる。この調査結果でも、30代では、ダブルケア予備軍も含めると、27・1%と4人に1人が、ダブルケアが自分の事となっていることがわかる(図1)。 言葉があることは、その実態を認知し、社会全体の問題としていくために、とても大事である。図2をみると、ダブルケアラーの方々の5人に1人は、「ダブルケア」という言葉を認知しており、この言葉が広まりはじめていることがわかる(図2)。「ダブルケア」という言葉をもとに、当事者の方や周囲の方、サポートに携わる方が、その実態を認知し声をあげていくこ内容、介護および子育て支援サービスの利用状況、親子関係および夫婦関係、ダブルケアで困難なこと及び良かったこと、子育てと介護の優先順位、不足していると思われるサービスに関してである。また本調査では、介護保険法下で提供される介護サービスの枠組みを超えた、広義の意味の介護を被調査者に紹介した。すなわち、介護には愚痴を聞くなどの精神的支え、定期的な電話による安否確認、医師やケアマネージャーとの連携などの介護サービスマネージメントも介護として検討してもらった。 (2) ダブルケアラー支援の実態  調査では、ダブルケアラー支援の実態の一部も明らかになった。第1〜3ステージ調査において、「ダブルケアを誰が支えてくれましたか」という問いでは、ダブルケアに現在直面中の人では、夫(57・2%:複数回答。以下同様)、友人(22・8%)、親戚(17・2%)と私的な関係からサポートが中心であると同時に、ケアマネージャー(19・3%)、ホームヘルパー(13・1%)といった介護領域での訪問型支援者がキーパーソンになっていることが明らかになった。一方で、「誰も助けてくれなかった」という人が12・4%にのぼり、ダブルケアラーの孤立した一面もうかがえた。夫からの支えの内容は、実質的な介護や子育てへの関わりというよりも、ダブルケアをしていることへの「理解」を意味することが、インタビュー調査から明らかになった。これは、夫による介護や育児への参加を必ずしも意味しないことを示唆している。第5ステージでは、ダブルケアに直面している人にその負担感をたずねたところ、約9割の回答者が負担であると回答した(図3)。 なお、東アジアのダブルケア比較調査(ダブルケア調査第1~第3ステージ)では、日本ではダブルケア負担が複合的である(=複数の負担感のスコアが高い)という特徴がみられた。何が負担であるかという質問に対しては、精神的・体力的・経済的な負担や、十分に子育てや介護ができない、という点がスコアが高く出る傾向がある(図4)。それに比べて、子育て支援サービスや介護サービス不足という点は、スコアが低く出る傾向がある。ただし、この結果をもって、「介護サービスや子育て支援サービスは不足していないのでは?」ととらえることは実態とは異なる。9 割前後のダブルケアラーの方々が、ダブルケアをする人にとって、公的な介護や子育て支援サービスは十分でないととらえている(図5・6)。 第5ステージでは、全回答者(1000名)に、ダブルケアラーへの支援について、5つの内容を提示し、必要だと思うか尋ねたところ、ダブルケアについて相談できる場所やダブルケアについての情報が得られるようなものの必要性が高いことが明らかになった。具体的には、「必要だ(計)」は、「介護も育児も合わせて相談できる行政窓口」では90・5%、「ダブルケア経験者が、地域で直接相談にのってくれる」と「ダブルケアに直面していない人も、ダブルケア当事者も参考となる子育てと介護をテーマとしたハンドブック」では 81・1%となっている。また、「ダブルケア当事者がつながる場を、地域でつくる(例:地域でのおしゃべり会)」では『必要だ (計)』が76・2%、「ダブルケア当事者がつながる場をネット上でつくる(例:フェイスブックやミクシィ等)」 では66・7%であり、多くの人がダブルケアラーがつながり、支え合う場が必要だと考えている( 図7)。 6 異なるニーズを同時に満たすことを要求されるダブルケア  ダブルケアの持つ多様な実態を理解するには、ダブルケアのパターンとしていくつかの軸が重要になることがわかった。まず、介護と育児の程度である。例えば障がい児の子育てと介護では、介護と子育ての同時進行によって要求されるものも違ってくる。ただ、要介護度の高いほど、施設に入所している人の割合が高いためか、要介護度の高さは負担感と比例しない。 次に、経済的状況で、生活に困窮している世帯と高収入世帯では、サービスへのアクセスや就労状況などとの関連で、ダブルケアの状況も異なる。そして世帯状況、とくに一人娘によるダブルケアかどうか、ひとり親世帯によるダブルケアかどうかも、ダブルケアの実態に影響する。また就業形態や、同居の有無、夫婦関係や親子関係を把握することも重要になってくる。特に親子関係は、もっと介護をしたいのに、十分にできないなどの理由で、関係が良いほど負担感が高まる傾向もある。最後に、地域や福祉資源のネットワーク(福祉専門職やサービス提供団体、支援センターなど)につながっているかどうかや地域の友人等のネットワークの有無もダブルケアの実態と関連してくる。 ダブルケアの特徴は、介護と育児の異なるニーズを同時に満たすことを要求されることにある。そして、ダブルケアに従事する人は常に介護と育児のどちらを優先させるかの選択を日々せまられ、介護と子育てに関わる決断をしなくてはならない。 介護と育児の優先順位は、ダブルケアラーの意図だけでなく規範、資源、制度によって規定されている。規範とは、介護や子育ては誰がすべきかという社会的な「通念」であり、私たちの行動やあり方に影響を持つ。資源とは、友人、親族や地域のネットワーク、あるいは地域におけるサービスの利用可能性などであり、そのような資源の多寡もダブルケアの状況や優先順位に影響する。そして制度も中性的ではない。制度にもそれぞれ「意図」があり、人々の生活や人生の選択を制限し時には拡大する。たとえば、地域における保育供給不足のために、もっと介護をしたくても育児に集中せざるをえず、育児がストレスになったり、介護は身内がすべきだという親族の期待にこたえ、子育てを優先したいにもかかわらず、介護をしているため負担感が強いなどのケースがある。 7 ダブルケア視点を持った支援の必要性  ダブルケアの状況で誰に支えられていますか、支えられましたか?という質問に対しては、夫や親(義親)の次に、介護側のケアマネージャーやヘルパーのスコアが高かったことから、まずは介護側の支援者の役割の重要性がわかる。質的調査からも、ケアマネージャーやヘルパーが、介護だけではなく子育てのことも話を聞いてくれたり、いわば、「ダブルケア視点」を持っていて、とても支えられた、という声が寄せられた。その一方で、介護支援者は介護(高齢者)だけ、子育て支援者は子育て(親子)だけをみるのでも大変な仕事量をかかえており、また、それぞれの対象者しか見えにくいのが現状である。また、行政窓口も所管別に対応することが多いため、ダブルケアラーの方々の困りごとを丸ごと相談に乗ってくれて、必要な情報やサービスにつないでくれたりコーディネートしてくれる窓口や人材の重要性が、このデータからも浮き彫りになった。 先にも言及したように、ダブルケアラーの方々は、常日頃から、育児と介護の間、そして仕事との間で、何を優先させるかをせまられ、心の中で葛藤している。特に、ダブルケアの生活の中で、子どもに何らかの「しわ寄せ」がいったときが、ダブルケアラーの方々の負担感やストレスがピークとなる傾向が、質的調査から浮き彫りになってきた。 ダブルケア世帯にとって、介護サービスと子育て支援サービスは相互補完の関係にある。介護サービスとは、ダブルケア世帯にとっては、子育て支援サービスでもある。なぜなら、介護サービスを利用している間、子どもとの時間が増えるという意味で、介護サービスが子育ての支援の意味にもなるからである。逆に、子育て支援サービスは、ダブルケア世帯にとっては、介護サービスの一部を担うものでもある。たとえば、子どもを保育園に預けられないと、介護に大きな支障をきたすことがあるからである。緊急で利用できる一時保育や保育園は、ダブルケア世帯にとっては、介護支援でもあり、子育て支援でもある。 8 磁石としてのダブルケア  ダブルケア調査研究を始めてから、横浜を中心に、当事者の集う場作りの実践である「ダブルケアカフェ」、育児と介護両方に役立つ当事者目線のハンドブック作り、支援者向けのダブルケアサポーター養成講座の研修プログラムやテキスト開発など、様々な活動が広がっている。またオープンイノベーション、ソーシャルイノベーションの動きと連動して、このダブルケアの活動が横浜市を中心に、多様な変革主体との連携で進行してきた。 このように「ダブルケア」とは、世代間のケアの連関のあり方から、その複合課題をとらえる切り口 |「磁石」|である。二つの意味で「磁石」ととらえられる。 第一に、複数課題を引き寄せる「磁石」という意味である。この「ダブルケア」の実態をみると、その背景には少子化、高齢化、社会的排除、生活困窮、貧困、ジェンダー、階層間格差といった、現代における複数の課題が内包されている。「ダブルケア」を切り口に、その人が抱える複数課題を全人的にとらえ、解決していくことが求められる。 第二に、複数主体を引き寄せる「磁石」という意味である。ダブルケア支援に関わる人々は誰だろうか。当事者、当事者の家族・親族、友人、地域の人々、市民、企業、介護支援者、子育て支援者、地域福祉関係者、男女共同参画支援の関係者、生活困窮支援の関係者、国、都道府県、市区町村といった行政、研究者、マスコミ(テレビ、新聞、ネット等)が挙げられる。 まずは、ダブルケアの当事者の方々が「磁石」である。ダブルケアラーの方が様々な人を「磁石」のように引き寄せ、支え合いのネットワークを構築する核となる。大事な事は、ダブルケアラーの方々が、「自分はダブルケアだ」と認知し、家族や友人や地域の人々にどんどん発信してほしい。ダブルケアラーの方が、「ダブルケア」という問題を、どういう問題として「認知」するかが、さらに重要だ。自分ひとりだけの問題ではない。自分、配偶者、家族、地域、社会全体の、開かれた、社会的・公共的な問題なのだ。 そして、ダブルケアラーを支える人々も「磁石」である。ダブルケアの当事者の困りごとやニーズや状況を、全人的に受け止め、自分の専門・担当領域は対応し、自分が「磁石」であるから、専門領域と重ならないところは必ず誰かに「つなぐ」ことである。情報も分断されているから、誰かが「磁石」となって情報を束ねていくことが求められ、自分の専門領域以外であっても無視はできない。 これまで、ややもすれば、専門家が支援しやすいもの、行政が政策化しやすいものが「ニーズ」として定義され、施策化される傾向が指摘されているが、ダブルケア支援とは、従来のニーズ定義や政策化の仕方そのものの再考をせまる。 当事者を真ん中に(当事者の自己定義・状況定義を最重要視し)、複数の変革主体がつながって「磁石」となっていくことで、「自治型・包摂型・全世代型の地域ケアシステム」とでもいうべきシステムの基盤が構築されていくのではないだろうか。  このように、「ダブルケア」を、複数の課題や複数の変革主体を引き寄せる「磁石」としてとらえ、団塊の世代が75歳以上になる2025年、さらには次世代にとって「ダブルケア」が問題とならない社会を残すために、狭義・広義含めたダブルケアの実態を把握するための統計や仕組みの整備と、支援策の開発が急務である。 9 おわりに  私たちは3年前に発行された調査季報171号にて、〈男女間の役割変化が未完の「ジェンダー不平等均衡」でも、子どもが産み育てにくいために子どもがいない「低出生均衡」でも、そして、非正規雇用や無業者の拡大とセーフティネットの未整備による「低所得・低就業均衡」でもない社会〉をどう構想するか、という視点からダブルケア問題について言及した。 これまでの調査研究活動を通じて強く思うことは何か。ダブルケアを「磁石」に、ダブルケアラーを真ん中にして、複数課題が引き寄せられ、複数の変革主体が連携して活動を重ね、ソーシャルイノベーションが創発的・偶発的に生じてくる。その活動に継続性が出て、変革主体の参画の量や程度が深まると、「自治型・包摂型・多世代型地域ケアシステム」とでもいうべき体系が形成されてくるのであり、変革を阻害する要因を少なくし、変革主体の連携と伝播の促進が重要であるということである。 アメーバのように形成されてきたシステム形成を、いかに伝播させていくかが次の課題となってこよう。もはや18区の均衡発展の政策形成手法を議論する段階ではない。ソーシャルイノベーションという、しなやかで根深い取り組みこそ、「ジェンダー平等・世代間連帯の均衡」への道筋がつくられるのではないか。今号の各コラムは、ダブルケアを「磁石」に、ソーシャルイノベーションが生まれており、この道筋を各コミュニティでつくりこんでいく挑戦の軌跡である。 あなたも「磁石」であり、「変革主体」そのものである。 注1  基盤B「東アジアにおける介護と育児のダブルケア負担に関するケアレジーム比較分析」(研究課題番号24310192 2012年度〜2104年度) 注2  第四ステージまでは研究者が協力を得た各機関を通しての合目的調査。ダブルケアに関心のある割合が高いことを特徴としたサンプルであると考える。一方、第五ステージは1,000名での無作為調査抽出法に基づくネット調査ということで、一般化がある程度可能なものの、ネット調査というサンプル特性をふまえた上で結果を考える必要がある。 注3  2016年2月執筆時注4 相馬直子・山下順子「ダブルケア(子育てと介護の同時進行)から考える新たな家族政策 ― 世代間連帯とジェンダー平等に向けて」(調査季報171号、2013年2月)